好きなことだけをすることって、そんなにわがままなことなのかな?嫌いなことばかりをやってる人より、数倍いいとおもうけど。

確かに時にはやりたくないこともやらなきゃいけないとおもう。だけど、好きなことをしているときがきっと一番幸せなんじゃないのかな?

だから好きなことだけをして生きていけたら、と願うよ。どんなに「甘ちゃん」と言われてもね。

そうすれば、きっと自分の夢見た生活が切り開かれるからさ。きっとね。
■好きなことだけをしたい

好きなことをしているときって、やっぱり夢中になって、時間がたつのも忘れて没頭してしまう。ただ嫌いな科目の勉強をしているときたった5分しか持たない集中力も、好きなことをしているときは数十倍にも膨れ上がる時。何時間だって、それに集中できる。

だったら、それを伸ばせば良いんだよね?きっと。「出る杭は打たれる」日本人社会でも、きっとそれは一番、自分の長所を伸ばすことなはず。自分が得意で、そして興味を持てることに集中して取り組んでいけば、いつかきっと大きくなれるとおもう。



■人は無責任だというけれど

人は時に好きなことだけをしている人達のことを「無責任」だっていう。現実から逃げている、っていう。だけど、本当にそうなのかな?確かに、時には自分が嫌いなことでもきちんとこなさなくちゃいけないって思うよ。苦手な知識だって無理にでも覚えなくちゃ、結局偏った人間になっちゃうし。それは充分、認識しているつもり。

でも、自分が好きなことを伸ばしていかなければきっと人として逆に中途半端な完成度になっちゃう気がする。

「正六角形の中心から均等にすべての能力を伸ばしなさい。そうすれば、その埋められた部分の大きさはどこか一つだけ得意な人より大きくなるから。」って偉い教授が言ってた。だけど、なんか違う気がする。無理にすべての能力を上げるより、やっぱり一つだけでも得意な分野の能力を伸ばした方が、たとえ面積は小さくても、きっと直径は大きくなれるはず。面積か、直径か、それはどっちがいいなんて誰にも言えないんじゃないの?



■そもそも好きなことをしなきゃつまらないしね

そもそも好きなことをしなきゃ、生きててもつまらないしね。毎日勉強勉強勉強勉強の生活なんて、ある意味ナンセンスだと思うし。「勉強をする人間が偉い」なんて誰が決めたのかしらないけど、それって偏見だとおもう。意味のない勉強を延々と一日中してほとんど何も覚えないのなら、遊んだ方がずっと効率がいい。得られる知識もそっちのほうが、断然おおいしね。

だから、できれば、できる限り勉強する時間を削るくらいのほうがいいとおもう。そして、もっともっと自分が感じたままに自分のやりたことをやっていけばいいんじゃないかな?自分がやりたいようにそれを続ければ、きっと知識はいくらでもついてくる。

とはいえ、ちゃんと勉強はしているよ。もちろん、意味のない勉強じゃなくて、自分が興味のある分野の勉強をね。自分はこの分野(国際学)で行く、って決めたんだから。だから、もっともっと、世界を知りたい。500時間の読書よりも1時間の旅がそれを教えてくれるからさ。

これでも、好きなことばかりをすることは身勝手かな?そうじゃないって、思い続けていたい。



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