努力もしないんだから、負けるのなんて当然だよ。だって、負けない努力をしていないんだから。

きっと世の中、いろんな意味の負けず嫌いがあるとおもうけど、私は努力して負けて悔しがる負けず嫌いになりたい。まだまだ、努力が足りないのも、認めるけどさ。

自分に負けるのだけはできれば勘弁だよ。自分に勝って、負けるのは大歓迎だよ。なんか、矛盾しているけど、負けるのはやっぱり嫌だ。

もちろん、悔しがるだけでもダメなんだ。ただ、悔しさをバネに、また負けず嫌いになればいいんだよ。
■負けず嫌いになりたい

私は世間一般に言う、「負けず嫌い」だとおもう。どんなものでも、どんなことでも、心の中で人と競争している。悪く言うなら、すべてにおいて「勝ち負け」を付けている人間。

世の中には、努力もしないのに、負けると悔しがる人達っていうのがたくさんいる。確かに、努力もしないでなんでもできてしまう人間なんてたくさんいるけれど、普通は努力をしなかったらできないのは当たり前。負けて、当然だと思う。

例えば、部活に適当に参加して、大会前に補欠になった。それで悔しくて悔しくてたまらない。大した負けず嫌いだとおもうよ。だけど、なぜ努力をしなかったんだろう?負けたくないのなら、努力をすればよかったんだ。努力をしなかったから補欠なんだ。それなのに、あげくの果てに、それすらせずに、その悔しさを違うところにぶつける。「あの監督、見る目がないな〜」って。

私は中学校の時まで肥満気味で運動はまるでダメだった。だから、どんなに努力しても、サッカー部で最終的にレギュラーを取ることはできなかった。だけど、人一倍がんばった。一番最初に部活に行って、一番最後にグラウンドを後にした。結果は、補欠だった。とても悔しかったけど、とてもやりきれなかったけど、精一杯やった、っていう気持ちもあった。だから、誰も責める気にはならなかった。もちろん、自分もね。なんとなく、すがすがしかったよ。

おかげで肥満だった体も引き締まったし、運動オンチも克服した。努力はきっとどこかで自分に戻ってくる。努力をしてなかったら、何にも変わってなかったと思う。

だから、努力して負けて悔しがる負けず嫌いになりたい。どんなに才能がなくても、どんなに運動オンチでも、それだけは思う。中途半端で悔しいのだけはやりきれないし、何より自分に負けることだけはどうしても許せないから。



■そうしてライバルに勝つ

自分が負けた、って思うからには必ずその相手がいるはず。その相手を一般的には「ライバル」と呼ぶ。そしてそのライバルは多くの場合で自分より優れている。

努力して負けるだけが負けず嫌いじゃない。やっぱり最後は勝たなくてはいけない。もちろん、勝つことばかりが大事じゃないけど、勝つことは自分の努力を形として表すもの。自分より優れていた相手に勝つということは、その相手より努力したってことでもあるから。立派な勲章。

だからこそ、私は今の自分が「負けず嫌い」なのを気に入っている。もちろん、悪い意味の負けず嫌いじゃなくて、努力して悔しがる負けず嫌い。そんな自分がいるから、ここまで自分を成長させられてきた。もし、この体の中に競争心というものがなかったら、一体自分はどんな人間になっていたんだろう?とおもうと、考えもつかないくらい。

今、私にはたくさんのライバルがいる。いろいろな分野でいろいろなライバルが。きっと、近い未来に彼らに勝てる日が来るだろう。だって、私は努力して悔しがる負けず嫌いだから。



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