上を見て、自分はなんて情けないんだろうと嘆く。

下を見て、自分はなんてできるんだろうと喜ぶ。

実は、どちらも一長一短じゃない?
■いつも下ばかり見ている人

いつも下ばかり見ている人がいる。誰かに注意されると、「私よりできない人なんてたくさんいるよ。」と言う。何かを覚えろ、と言われるときも、「私より知らない人なんてたくさんいるよ。」と答える。

自分という基準からみて、自分よりも劣る人間がたくさんいるから、自分は悪くない、自分は劣っていない、という見方をする極端な例である。



■いつも上ばかり見ている人

いつも上ばかり見ている人がいる。なにかの分野で有名な誰かをいつもライバル視して、いつか越えてやろうと思っている。本当の力の差なんて歴然な時も多い。

自分という基準からみて、自分よりも優れた人間がたくさんいるから、自分は劣っている、自分は情けない、と思ってしまう人達もいる一方、逆に自分より優れている人達は努力して優れた人間になったのだから、自分もなることができる、というライバル心を向上心に変えてがんばる人達もいる。



■客観的に見て、私はいつも上ばかり見ている人

客観的に、自分を観察したとするなら、私はいつも上ばかりを見ている人。時に、その差に打ちのめされることもあるけれども、基本的にはその悔しさを向上心に変えている。

私が思うに、いつも上ばかり見ている人と、いつも下ばかり見ている人というのは一長一短であると思う。いつも上ばかり見ている人は時に挫折し、立ち直れないくらい自分が嫌になる。自分は劣っているんだ、自分には才能がないんだ、と。反対に、いつも下ばかり見ている人は、時に自分を自己分析することができなくなり向上する力がなくなる。いつも下ばかり見ているために、自分は優れているという錯覚に陥り、自分はできる人間だという考えを持つ結果、努力することをやめてしまうのだ。

私は極端にいつも上ばかり見ている人。だから、いつも打ちのめされ、悩んでいる。なぜ、自分は出来ないのだろうか?と。他人からみれば、私はできる人間だとしても、私は今の私に満足していない。だから、自分が嫌になるときもある。

少しくらいは下を見て、今の自分の位置を把握することも大事なのではないだろうか?客観的に見て、今の私に足りないのは振り返る勇気、そして自分を分析する時間だとおもう。

基本的には、私は上を向いている人が好きである。基準なんて、結局どこにもないのだから、その基準を自分に合わせ、自分が優れているなどとは思わないほうが、伸びると私は信じている。



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