外見が格好いい人、中身が格好いい人。世間一般では、外見が格好いい人がもてはやされるけど、中身が格好いい人の方が実は格好いいんじゃない?

別にモテなくたっていいし、別にちやほやされなくなったいい。だけど、自分で納得できるくらい自分の中身は格好よくありたい。

そして、誰の目からみても、格好いい生き方をしている自分で常にありたいな。平凡なだけじゃつまらないしね。

そうすれば輝けるんだよ。はは、きっとこんな顔でもさ。
■生まれ持った外見

生まれたときに外見なんていうものはほとんど決まってしまう。自分の父親と母親の遺伝子をもらった自分の体はその瞬間に、どんな顔を持つかだいたい決まってきてしまう。

だから、今の自分の顔はこんな顔。変えられるはずもないし、格好良く生まれた芸能人がとても羨ましく思う。

それも一つの考え方。



■後天的な外見

だけどその外見はきっと、生きてきた経験で変わってくるモノだと思う。しばしば起きることだけど、テレビに出始めた芸能人や政治家が日に日に格好良くなっていくのを見たことがあるだろう。世間一般ではあか抜ける、という表現を使っているけれども、ようするにそのあか抜けるというのは自分の中の経験や自信がそれを作り出すとおもう。

スポーツ選手が格好良く見えるのも、芸能人が可愛く見えるのも、みんな内に秘める自信の現れなんじゃないかな。それぞれの分野において自信をもっている人、そして自分が可愛い、格好良いという自覚をすることによって外に出すオーラも、そんな感じ。なにより、自信を持って話す姿はやはり人を引きつける。

だから、確かに親からもらった顔、というのはあるけれども、その顔を活かすも活かさないのも自分次第。基本的には生まれた時点で不公平はあるけれどもね。



■だからこそ内側から格好いい人間になりたい

だからこそ、内側の自分を成長させたい。いろいろな経験を積んでいろいろな人と出会い、接することによって。今、経験している留学という行為も、自分を輝かせるための要素。

だけど、よく友達から、「格好いい生き方しているよね」と言われるのは、単に留学という経験を指しているだけに過ぎないことがある。中身は中身なんだけど、中身の外見を指してそういわれる場合。なんとなく、悔しさを感じてしまう。

留学という行動が格好いい人間にはなりたくない。留学という行動によって学んだ自分を見て「格好いい生き方しているよね」と言われたい。

中身の中身を見てもらえるように、中身を鍛えて行かなくちゃね。本当に中身が鍛えられたとき、外見にも自信が溢れるようになるとおもう。こんな顔でも、格好いい人間になれるチャンスだからね。



-Go Back Home-